「ケンメリ」の外装デザイナー。松井孝晏【2】「スカイラインの場合は、4気筒モデルが基本」|C110スカイラインのエクステリアができるまで

エクステリアデザインの基本は、4気筒モデルのセダンで作り込んだ。改めて眺めてみると、乗用車としてとてもバランスのいい外観だった

       
4代目となるC110系スカイラインは、広告やコマーシャルの影響もあり「ケンとメリーのスカイライン」として、デビュー後、瞬く間に人々に知られる存在となった。その印象的なボディのデザインを当時担当したのが、松井孝晏さんだった。入社2年目の若いデザイナーが新型スカイラインの社内コンペに参加し、勝ち取った大きな仕事。ピュアな感覚でがむしゃらに取り組んだからこそ生まれた作品だと、当時の思い出を語ってくれた。

【C110スカイラインのエクステリア担当デザイナー「松井孝晏」 Vol.2】

【1】から続く

 松井が描いたアイデアスケッチは第一関門を突破する。採用候補のひとつに選ばれたのだ。ホッとする暇もない。次には、このスケッチをクレイモデルにする作業が待ち構えている。
 松井は硬いクレイを必死になって削り、面を練り上げていった。最後にモデラーが仕上げたクレイモデルは、先代のC10系とは違う魅力を放っていた。フロントマスクはアメリカのマッスルカーのように力強い。スカイラインを印象付けるサーフィンラインもサイド面を大胆にそぎ取り、ダイナミックさとコントラストを際立たせた。

「セダンがメインなんです。セダンのデザインを決めた後、派生車種のクーペやバンなどをデザインしていきます。スカイラインの場合は、4気筒モデルが基本ですね。次にロングノーズの2000GTをデザインし、その後スポーティーなクーペ(当時は2ドアハードトップ)をデザインします。

 最初はエクステリアの担当デザイナー全員が、自分が思い描くスカイラインを絵にするんです。そのスケッチを集め、コンペを行います。数を絞っていき、落ちたデザイナーは部品などのデザインを担当するのです。私が描いたスカイラインは、運よく5案ほどに絞られた第2次選考に残りました。

 サーフィンラインはとくには意識しませんでしたね。しかし、ハコスカにもあったので、リアフェンダーに入れています。スプーンでそいだようなシャープなデザインを描いたのですが、これが役員や上司に好感を持たれたのでしょうね。生き残れました。


>>【画像13枚】右端に松井さんのサインが入っている、C110スカイラインのデビュー当時に描かれ、広告や印刷物に使われたハードトップのイメージスケッチなど


 第2次審査は、スケッチをもとに5分の1サイズのクレイモデルを製作します。荻窪スタジオでは、ある程度までデザイナーがクレイを形作り、最後の仕上げだけモデラーにお願いするやり方をとっていました」
 ケンとメリーのスカイラインは新しい潮流を感じさせるデザインで、小型車サイズではあるが、強い存在感を放っている。フォルムは躍動感あふれ、パネル面もシャープで切れ味鋭い。また、ボディサイドのサーフィンラインもダイナミックかつ伸びやかだ。ダッジ・チャレンジャーやカマロなど、アメリカン・マッスルカーの影響も色濃い。その迫力を上手に日本の小型車サイズのなかに落とし込んでいるのだ。

 意外なことだが、松井は高校生のときは家電のデザイナーにあこがれていたという。家電のデザイナーを志したが、千葉大学工学部工業意匠学科に入学すると自動車デザインに興味を持ち、日産を選んだ。そして旧プリンス系の荻窪スタジオに配属されている。

「大学は工業デザイン、特にドイツのバウハウスの機能主義に則った道具のデザインを教えるので、家電がテーマとなることが多かったです。が、自動車は教えません。だからゼロからスタートで、入ってから競争になるわけです。先入観もなかったから怖いもの知らずで、芸大出の先輩にもビビらなかった。入社してから、カーデザインを周りの人に教えられましたね。また、上の人が立ててくれたから、あのケンとメリーが生まれたのだと思います。

 ケンとメリーをデザインしていたころは、自動車といえばアメリカ車の時代です。ヨーロッパ車がいいな、と思ったのは少し後になってからでした。だからアメ車を意識しましたが、日本車のサイズに落とし込むのは大変なんです。ケンとメリーは全幅が1600mmちょっとだからドアヒンジが入らなかった。また、6気筒エンジンを積むスペースと視界確保にも苦労しましたね。

 サーフィンラインはクレイモデルのときから立体にするのに苦労しています。ハコスカのようにヒゲならなんとかなります。あれは風船のなかにヒゴを入れて出てきた筋のデザインですから。これに対しスプーンでえぐったようなサーフィンラインは、立体がないと難しいのです。使える寸法は決まっています。だから美しく見える、夢を作ることが大変でしたね」
 と、開発時の苦労を語った。入社して2年足らずの間に、松井は自動車デザインの難しさと奥の深さを思い知らされたのである。が、同時にクルマをデザインする楽しさも知った。



>> カーデザイナーとして日産自動車で26年を過ごし、その間にいくつもの車種を手がけてきた。その後は後進への指導のため、大学教授に転身。

(文中敬称略)

【3】に続く

初出:ノスタルジックヒーロー 2017年10月号 vol.183
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

C110スカイラインのエクステリア担当デザイナー「松井孝晏」(全3記事)

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【1】から続く

text : HIDEAKI KATAOKA/片岡英明 photo : HIDENOBU TANAKA/田中秀宣、TAKAYASU MATSUI/松井孝晏、MINAI HIROTAKA/南井浩孝(Skyline 1600 Sporty GL)

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