「ケンメリ」の外装デザイナー。松井孝晏【3】「ケンとメリーのスカイラインは、スプーンでえぐったようなサーフィンラインが印象に残っていますね」|C110スカイラインのエクステリアができるまで

C110スカイラインのデビュー当時に描かれ、広告や印刷物に使われたハードトップのイメージスケッチ。右端に松井さんのサインが入っている

       
4代目となるC110系スカイラインは、広告やコマーシャルの影響もあり「ケンとメリーのスカイライン」として、デビュー後、瞬く間に人々に知られる存在となった。その印象的なボディのデザインを当時担当したのが、松井孝晏さんだった。入社2年目の若いデザイナーが新型スカイラインの社内コンペに参加し、勝ち取った大きな仕事。ピュアな感覚でがむしゃらに取り組んだからこそ生まれた作品だと、当時の思い出を語ってくれた。

【C110スカイラインのエクステリア担当デザイナー「松井孝晏」 Vol.3】

【2】から続く

 松井は主張を貫くピュアなデザイナーだ。だからクレイモデルも他の人が練り上げたものでは満足しなかった。モデラーにも好みがあるから、自分の思っているデザインでないことが多いのだ。モデラーが製作したクレイモデルを何度も削り直し、ときには壊している。だからモデラーから嫌われた。

 が、上司の森は松井を上手に誘導し、自動車デザインの面白さと難しさを説いている。ときには叱責されたが、森から学ぶことは多かった。これが松井を一流のデザイナーへと成長させたのだった。松井の作品は最終選考に残り、2案に絞り込まれた。そして1分の1スケールのクレイモデルが製作され、ついには松井が提案したスカイラインが世に出るのである。
「ケンとメリーのスカイラインは、スプーンでえぐったようなサーフィンラインが印象に残っていますね。苦労しましたが、このアイデアがあったから採用されたのかもしれません。幅の寸法の余裕がなく、デザインしろがないなかで頑張りました。

>>【画像13枚】C110スカイライン、Be-1をはじめとするパイクカー、そしてヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを獲得した2代目K11マーチなど、時代を代表するクルマたちばかりだったポートフォリオなど


 クレイモデルをやっているとき、森さんに叱られたことがありました。うまくいかないから、スケッチとクレイモデルのデザインテーマを変えてしまい、それを指摘されました。『コンペで選ばれたデザインは、もうあんたのものじゃない』というのです。個人を離れ、会社のものになったのだから、最初のスケッチを理解し、これを守り、よりよい方向でまとめるのがデザイナーの仕事だといわれました。苦労した作品は、魅力になることが分かりました」
 と、松井は照れながら語る。

 発売されるやケンとメリーのスカイラインはハコスカをしのぐヒット作となり、モデル末期でも1万台前後の販売台数を記録した。トータルで70万台を生産し、自動車史に残る金字塔を打ち立てている。その後、松井はチェリーF‐IIのデザインコンペに挑んだ。これは採用されなかったが、その後継のパルサーでは松井の案が採用され、評価も高かったので溜飲を下げた。
 ケンとメリーのスカイラインは、4気筒エンジンを積むセダンのバランスが絶妙である。2000GTの陰に隠れて目立たないが、松井のデザインセンスが見事に具現化され、今見ても美しい。最後に松井は、ケンとメリーのスカイラインに乗っているユーザーとファンに対し、こうコメントした。

「モノをつくる人、デザイナーは夢を提供するのが仕事なんです。ケンとメリーのスカイラインは、私がカーデザイナーのスタートを切った時期に、がむしゃらにやった作品です。スピリットが違うのでしょうか!? 今見ると、きれいだな、美しいな、と思いますね。私の集大成となった2代目のマーチは賞も取り、高く評価されたけど、美しくはない。今も持っている人やファンは、これが最初から分かっていたのですね。見る目があるのだと思います。頭が下がりますね。ケンとメリーは、いい時代が生んだ作品ともいえます。ピュアな気持ちでつくったのが、今も多くの人の共感を生んでいるのでしょう」
 ケンとメリーのスカイラインの偉大さは、21世紀の今こそよく分かる。

(文中敬称略)




>> 主宰するSTUDIO MATSUIの中庭で撮影。アーティスティックな環境の中で、現在も活動中だ。






松井さんはポートフォリオをめくりながら、日産での仕事を話してくれた。C110スカイライン、Be-1をはじめとするパイクカー、そしてヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを獲得した2代目K11マーチなど、時代を代表するクルマたちばかりだった。


松井孝晏(まつい・たかやす)
1942年3月生まれ、愛知県岡崎市出身。千葉大学工学部工業意匠学科卒業後、1968年4月日産自動車入社。第4設計部造形課(荻窪)に配属。最初の仕事として初代チェリーバンのリアセクション・デザインを担当。その後C110スカイラインのエクステリアデザインをはじめ、数多くの日産車のデザインを26年にわたって手がける。1994年日産自動車を退職し、東京造形大学造形学部教授に転身。13年間学生に工業デザインを教える。現在はSTUDIO MATSUI主宰、カーデザインジャーナリストとして活動中。
http://www1.ttcn.ne.jp/studio-matsui/


初出:ノスタルジックヒーロー 2017年10月号 vol.183
(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

C110スカイラインのエクステリア担当デザイナー「松井孝晏」(全3記事)

関連記事:ケンメリ クロニクル

関連記事: スカイライン



【1】【2】から続く

text : HIDEAKI KATAOKA/片岡英明 photo : HIDENOBU TANAKA/田中秀宣、TAKAYASU MATSUI/松井孝晏、MINAI HIROTAKA/南井浩孝(Skyline 1600 Sporty GL)

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