初めてのクルマも「お願いだから車高を下げさせてくれと、両親に本気で頼み込みましたよ」 〜2016〜|1972年式 ダットサン 510 ワゴン Vol.4

リアゲートを開けると、カーゴ室に積まれた3つの真っ赤な旅行トランクが目に飛び込んだ。この1971年製アメリカンツーリスターのビンテージスーツケースの中には、実はエアサス用の空気ボンベが収まっている。こんな粋なドレスアップを実現してみせたドウェイン・シェイファーさん(右)。明るく穏やかにしゃべる口調から、このクルマへの愛着と熱意がじわじわと伝わってきた。息子のマイルス君(左)は大人びた仕草でクルマを語りながら、早く自分でクルマを運転したいと、免許の取れるまでのあと3年をとても待ちきれない様子だった。

       
【1972年式 ダットサン 510 ワゴン Vol.4】

【3】から続く

510は外観からワゴンとライトバンの違いを見分けるのは困難だった。

 両者は何が違ったのか。日本国内での命名の違いは法制度によるものだ。後部座席重視なら乗用車のワゴン、荷室重視なら商用車のライトバン、という区分け。すなわち内装の設計の違いである。しかし商業用途のクルマが多かった黎明期の日本では、乗用車としてのワゴンもライトバンと見なされがちで、日本でステーションワゴンという乗用車が知名度を得るには、はるか後の1989年のスバル・レガシィの登場を待たなければならなかった。

 日本の背景に対し、ワゴンが一般的だったアメリカでは、ワゴン形状のクルマにはバン(ライトバン)という概念があてはまらず、日本旧車を含め全てワゴンとして認識されている。


▶▶▶【画像13枚】リーフスプリングのアーチを小さくした上で細部を改良するなどして、結果的には5インチ(13cm)以上下げることができた車高など


とにかく車高を下げること

 道中トラブルもなく850マイルを走りきって自宅に戻ると、間髪入れずにワゴンに手を入れ始めた。何をおいてもまずは車高を下げること。シェイファーさんは昔を思い出して言った。

「初めて車高を下げたのは10歳の時。プラモデルのタイヤを半分に切ってフェンダーのところに直接くっつけました。それ以来ずっと、車高を下げることが好きです」

 高校2年の時に初めて手に入れたクルマ、フォード・ピントもそのままでは我慢できなかったそうだ。
「お願いだから車高を下げさせてくれと、両親に本気で頼み込みましたよ」

 510ワゴン用には市販のフロントサスペンションキットを購入。説明書に従ってストラットを切り落とし、コイルオーバーを入れてから溶接し直した。リアはリーフスプリングの枚数を減らし、自ら専用に作った部品で固定すると「いい感じ」の車高になった。

 シェイファーさんのワゴンの最大のチャームポイントが、キャンバストップのサンルーフだ。80年代に南カリフォルニアで過ごした日々を思い出す。
「いつでもサンルーフが好きだった。どんなクルマを選ぶにしてもサンルーフは欲しかった。だからこのワゴンの改造も最初から考えていたこと」

 全部自分でやってきたんだ、とシェイファーさんは自信を込めて言う。所有1年目にして思い通りの原型が出来上がったが、それからも車高を下げるという探求がやむことはなかった。

 大きなステップを踏んだのは昨年。14インチホイールに落として走行実験してみると、デコボコ道ではとても運転どころではないことが判明。そこで思いついたのがエアサスへの改造だ。タイヤと干渉していたリアフェンダーをカットして、形状を整えるのに想像以上の時間がかかってしまったという。

「まだまだ完成でも完璧でもないけど、こんなユニークなコンセプトだから、みんないいねって言ってくれる」
 シェイファーさんはほほ笑んだ。
グラフィックデザイナー、不動産業などの経歴を持つシェイファーさんは、今は電動自転車店を経営している。きっかけは小学生だったマイルス君のスイミングクラブへの送迎。クルマに頼らない方法を探していたときに、カーゴバイク(ママチャリを頑丈にして荷台や後部座席を取り付けたような自転車)が使えるだろうとひらめいた。電動アシスト付きの製品もあると家で話すと、奥さまがすかさず電動自転車店を開くというアイデアを思いついた。ソルトレイクシティには電動自転車なんてまだまったくない頃のこと。まじめに取り合う気もしなかった。

 ところが、熟考するほど積極的になり、一度決心すると何でも早いのがシェイファーさんの性分らしい。このアイデアを頭の中で熟成させた後、わずか6カ月で開店にこぎつけた。今では業界では名の通った有名店だ。
 仕事に家庭に忙しく自由時間も少ないシェイファーさんだが、できるだけ機会を見つけてワゴンに乗るようにしている。ほとんどが日常の雑用。

「家族でも出かけるけど、大きいクルマじゃないからベストチョイスじゃないね。でも2人の子供たちはリアシートにおとなしく座ってるし、大人が座ったって問題ないよ」
 そういいながら、将来は電気自動車をいじってみたいね、と付け加えた。



シェイファーさんの自宅は町の中心地から少し離れた住宅地にあった。広々とした敷地にあるガレージと4台も止められそうなドライブウェイがうらやましい。実はこの広さを求めて、近所の他の家から引っ越したばかりなのだそうだ。現在ガレージを拡張中で、ダットサン620トラックのレストアを計画。止めてあったもう1台の白いクルマは、商売用に使っている電気自動車の日産リーフ。








シェイファーさんは電動自転車の専門店を経営し、自ら販売と修理を行っている。「ブルーモンキー」という風変わりな店の命名には「ほかの有名店はどこも『eバイク』みたいな名前ばかり。そんなの単純すぎるから、全然違う名前にしたいと思った。そのとき目の前にあった猿のぬいぐるみを見て『これにしよう』と決めました」とシェイファーさん。大都会では移動手段としての認知度の高い電動自転車も、ソルトレイクシティ規模の都市ではようやく便利さが認識されてきた段階だという。「できるだけ多くの人に自転車を活用してもらいたい。電動自転車はその助けになるはずだから、この仕事にはやりがいがありますよ」



初出:ノスタルジックヒーロー 2016年 2月号 vol.173(記事中の内容は掲載当時のものを主とし、一部加筆したものです)

1972年式 ダットサン 510 ワゴン(全4記事)

関連記事: ニッポン旧車の楽しみ方

関連記事: ダットサン

【3】から続く

text & photo:HISASHI MASUI/増井久志 photo support:MILES SCHAFFER/マイルス・シェイファー

RECOMMENDED

RELATED

RANKING